札幌馬主協会

コラム

合田直弘

須田鷹男

坂田博昭

大恵陽子

吉田直哉

会員コラム

馬産地コラム

三嶋牧場の過去、現在、そして未来 :三嶋健一郎氏

 まず、このような機会を与えていただいたことに感謝申し上げます。北海道浦河町の三嶋牧場です。
 昨年は生産馬メイショウタバル号が宝塚記念に勝つことが出来ました。この馬の5代母サイレージ(71年生、米国産、父サーゲイロード)は、私がまだ小学生の頃に三石(現在の新ひだか町)の牧場から移動してきた馬で、以来、大切に育ててきた牝系です。このファミリーは仔出しが良く「いつかは必ず、良い仔を送りだしてくれるはず」という思いで血を紡いできましたが、松本オーナーはじめ、多くの方々のおかげで大きな花を咲かせることが出来ました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
 三嶋牧場は戦前から馬産を行っておりましたが、サラブレッドの生産は昭和30年(1955年)あたりからという記録が残っています。
 最初の転機は昭和35年(1960年)に私の祖父にあたる忠志が牧場を有限会社として法人化した事だと思います。その翌年、タボーン(英国2000ギニー優勝馬)の仔を受胎した愛国産馬ミゴレット(父ミゴリ)を繁殖牝馬として導入しています。この馬は、は昭和41年のスプリングSに勝って皐月賞2着。ダービーでは1番人気に支持されたショウグン(父トサミドリ)の母となりました。その後、昭和39年にヒガシヒメ(昭和35年生、父ゲイタイム)という青森産牝馬が牧場の地を踏みます。ヒガシヒメ自身は未勝利馬でしたが、半妹のヒガシユリ(父テッソ)が東京ダービーを勝っていることもあって、その導入は大変苦労したと聞いています。この牝系は、今でも当牧場に残っており、60年以上もの間、牧場を支え続けてくれています。
 三嶋昌春が代表に就任したのは平成7年(1995年)です。土と草にこだわる現代表は、とにかく広い土地を求めたのですが、西舎周辺ではなかなか理想とする土地が見つからず、候補地エリアを広げる中で、たまたまご縁があったオンワード牧場(浦河町野深)を譲り受けることが出来ました。その事も大きな転機となったと思います。100㌶以上あるような土地をすべて更新し、また隣接する土地も求めました。広い土地と良質な草が、強く丈夫な馬を育てる上では不可欠だと考えたからです。そして、同時に繁殖牝馬の数を増やしました。現在は浦河町西舎の本場と、旧オンワード牧場を中心とする野深分場ほか、日高町富川に20㌶ほどの中期育成分場と、今回、新たに平取町の牧場を購入しました。また、軽種馬育成調教センターを使った後期育成も行っていますが、そういった現在の三嶋牧場の形、スタイルは、先代から牧場を引き継いだ現代表が積極的に取り組んできた結果です。
 繁殖牝馬は約140頭。そのうち4割ほどが、馬主様からお預かりしている預託馬ですが、70人ほどのスタッフで管理させていただいております。目標としているのは勝ち上がり率の向上です。「まず1勝」。そこからすべてが始まると考えています。
 最近は海外から繁殖牝馬を導入するケースが多くなっていますが、選ぶときに重要視するのは血統と体型です。ただ、セリというのは相手がおりますので、欲しいと思った馬を必ず買えるわけではないのが難しいところです。例えばマイグッドネス(ダノンキングリーなどの母)は欲しかった馬が買えずに、せりの後半でようやく購入出来た馬です。もし、先に欲しい馬を買えていたら、縁がなかったかもしれません。またアルペンローズ(テーオーロイヤル、メイショウハリオの祖母)などは初仔を受胎した状態で購入し、5歳春から19歳で亡くなるまで多くの産駒を残し、牧場の発展に貢献してくれました。
 これら、自己所有の繁殖牝馬の配合は、時にはスタッフの意見も取り入れながら決めています。そうすることで彼らのモチベーションも高まりますし、血統に対する理解も深まるのではないかと考えているからです。
 私は子供の頃から海外に対する憧れが強く、海外の牧場で働かせてもらった経験もありますが、馬を扱う人が劣っているとは決して思いませんでした。ただ、日本と海外では歴史観や考え方も含め、何もかもが違いすぎて同じ物差しでは測れないということを学びました。
 三嶋牧場はまだまだ未熟な牧場ではありますが、誇れるものがあるとすれば、それはスタッフかもしれません。それぞれが組織の中で自分がやるべき事をしっかりと考えながら働いてくれています。そんな彼らや牧場を支えてくださる方々のご恩に報いるために、すべての馬がまず1勝。そして、牧場としては少しでも多くの重賞タイトル獲得を目標とし、いつかはホースマンの夢である日本ダービーを勝ちたいという気持ちはあります。そのために、歩みを止めることなく、毎年が勝負だと自分に言い聞かせる毎日です。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

三嶋牧場(野深分場)

メイショウハリオ(宝塚記念)

メイショウハリオ口取り(宝塚記念)

馬のおかげで人生豊かに :平澤孝氏

 東京の大井町で歯科医師をしております平澤と申します。札幌馬主協会の皆様には平素より大変お世話になっており、ゴルフコンペはじめ懇親会や研修旅行など本当に楽しませていただいております。まずは、この場を借りて御礼申し上げます。
 今回、このような貴重な機会をいただき感謝しております。馬主として自慢できるものがほとんどない私が出しゃばってもよいものなのか、正直ずいぶんと迷いましたが、平素からお世話になっている方々に少しでも恩返しとなるのであればとお引き受けすることとしました。つたない文章ではありますが、お付き合いいただければ幸いです。
 私は現在52歳。父親が競馬ファンだった事から、競馬は子供のころから身近な存在でした。そんな私が本格的に競馬にのめり込むようになったきっかけはオグリキャップです。当時まだ中学生でしたが、地方競馬から中央競馬へと移籍して活躍するオグリキャップは、私の中ではヒーロー的存在になりました。少しでも良い場所でレースを見るために、徹夜で競馬場の開門時間を待ったことも今となっては、良い思い出です。
 そして大学生の時に、母親の知人から新ひだか町の橋本博之さん(故人・橋本牧場前代表)を紹介いただきました。それまでは、ごく普通に競馬場のスタンドやテレビからレースを見るだけだった私にしてみれば、一気に馬との、そして競馬との距離が縮まるご縁だったと思います。何気ない会話の中で、牧場の事や血統の事、生産にまつわる裏話など、たくさんのお話を聞かせていただいたことは何物にも代えがたい財産だと思っています。
 漠然とした憧れの対象だった「馬主」が、目標となったのはその頃です。それからというもの、馬主になるために、一生懸命に仕事をしたと言っても過言ではないかもしれません。免許取得後、札幌馬主協会に入会させてもらうことが出来たのも橋本さんのおかげと感謝しています。そして、今もそのご縁もあって新ひだか町静内の方々を中心に生産者の方々とも親しくさせていただいております。
 他の馬主協会の事はよくわかりませんが、札幌馬主協会の魅力は様々な活動を通して、アットホームな雰囲気を感じさせてくれる事だと思っています。この協会には、競馬業界においては知らない人がいないような著名な方々が多く在籍されていますが、みなさん仲が良く、また気軽に接してくださいます。それが、私の競馬ライフを、人生をさらに豊かなものとしてくれています。もし今、中学生当時の自分に会うことが出来たなら、今の自分が置かれている状況を自慢してやりたいと、そう思っています。
 今は、年齢や職業が近い6-7人の仲間と共有で馬を楽しませてもらっているほか、クラブ法人の会員としても競馬を楽しませてもらっています。共有馬は、全員が同じ馬を等分するのではなく、予算も含めて気に入った馬がいれば、その何分の1かを分け合うような自由なパートナーシップです。
 その中に、リリージェーン号という牝馬がいます。友人が、当初予算をオーバーしながら北海道市場で買い求めた馬で、幸いにも6歳となった今も元気に走り続けてくれています。この会報誌を手に取る方であれば、JRAで1勝を挙げる事はもちろん、無事にレースへと出走させる事がいかに大変な事かは良くご存知だと思います。しかし、この1頭の牝馬が、小手川準調教師や、生産した川越ファームの方々との縁を取り持ってくれました。それだけではありません。これは、馬を購入したあとに知ったのですが、リリージェーン号と1歳違いの半兄ダテボレアス号を所有しているのが、知人の父親だったという不思議な縁もありました。少しずつではありますが、そうした輪が広がり、リリージェーン号の半弟リトルコリンズ号はさらにもう一人友人が加わり、3人の共有馬として1月の新馬戦でデビューすることが出来ました。
 また、札幌馬主協会の法人会員でもある社台レースホースの愛馬会法人社台サラブレッドクラブでは、2冠牝馬スターズオンアース号に出資する事で貴重な経験もさせてもらいましたし、大井競馬場の近くで開業していることから、戸崎騎手や大井競馬の関係者の方々とも良いお付き合いをさせていただいております。
 「馬が人を繋げてくれる」。本当にその言葉通りだと思います。続けていくからこその楽しさ。そして、知ることの楽しさ。たくさんの繋がりが、多くの幸せを運んでくれています。
 今は、そんな仲間たちと家族ぐるみで競馬を楽しみ、北海道を楽しみ、そして人生を楽しませてもらっています。そう言った事が出来るのも、札幌馬主協会に入会したおかげと感謝しています。少々筆が滑った部分もあろうかと思いますが、会に関係するすべての方々と、頑張ってくれている馬たちに感謝しつつ、このあたりでキーボードを閉じたいと思います。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

サマーセール落札時のリリージェーン号(2021年サマーセール/北海道市場提供)

好位から抜け出してデビュー8戦目に嬉しい初勝利を記録したリリージェーン号

笑顔溢れるウイナーズサークル

平澤孝氏

馬主生活を楽しむための科学やデータ

 少し前の話になるが、新冠で行われた後援会を傍聴してきた。講師はオーストラリアにおける馬遺伝学の第一人者、ナターシャ・ハミルトン博士。なんらかの知見を得られればと思い行ってきた次第だ。

 現地にかなり早く着いてしまったところ、関係者の方々が講演前にハミルトン博士と話す機会を作ってくださった。そこで文系の筆者が考える血統というもののイメージと、学問としての遺伝学の間にどの程度の距離感があるかを確認させていただいたのだが……結論を先に言うと、距離感はかなりある(笑)。学者の方々は科学的に正しいと断定できることでないと完全には肯定できないし、一方で遺伝子の働きがすべて解明されているわけではない。さらに我々は、簡単に各馬の遺伝子・遺伝情報を把握できるわけでもない。

 ただそんな中からも、実用化された技術はある。皆さんにおなじみで実用化されているところでは、競走馬の距離適性や完成時期の早さに関係すると言われるミオスタチン(スピード遺伝子)が良い例だ。また今回の講演会では、胚死滅や精子の先体反応障害に関係している可能性がある遺伝子についての紹介があった。これらは完全に解明されて実用技術に繋がると、受胎率・出生率の向上などが期待できる。

 私は個人的に馬に関することならなんにでも興味があるというか、文系人間でありながら「科学」とか、そこまでいかなくても「データ」といったものに対するアレルギーは無い。ただ競馬界を見渡すと、理系的だったり、理屈っぽいアプローチだったりするものはあまり好まれないような気がする。と、言うよりもそういうものとは異なるベクトルの方が人気があるというか。

 札幌馬主協会の場合、馬主であり生産者という方も多いので場合分けしていかなければならないが、馬を扱う職業をしている方は自分の経験に対する自信があるだろうし、馬との距離感が近いぶん主観的な判断のほうがしっくりくるという面はあるだろう。

 しかし、札幌においても所有専門の馬主さん(という言い方も変だが)は多いわけだし、馬は趣味、本業は別業種という方のほうが一般的なはずだ。馬という動物について詳しくない、という方もおられるだろう。

 そういった皆さんにとって、馬に関する論文や発表、資料、誰でも利用できる形で提供されているデータといったものは、競馬をより深く楽しむためのツールになりうるのではないかと思う。

 正直、論文や学術会議での発表となると難解だったりテーマが専門的すぎたりする面もあるが、そこから派生した出版物やネットにアーカイブされた文書・資料等には平で馬主と馬の距離を縮めてくれるものがある。

 紙でいうと、この原稿を書きながら手元にあるものを探したら「飼養衛生管理基準ガイドブック馬編」(中央畜産会)、「競走馬・海外遠征の手引き」(競走馬診療所)、「セリにおける馬のコンフォメーションおよびレポジトリーの見方」(JRA日高育成牧場・宮崎育成牧場・馬事部生産育成対策室)といったものが見つかった。これら以外の冊子を含めおそらく馬主の皆さんに配布されたものもあるのではと思うが、実際にどの程度読まれているのだろうか。新規馬主の方などは、独自の相馬眼だけにこだわるのではなく、「セリにおける~」のような基本を押さえるとよいのではないかと思う。

 ウェブ上にも人知れずいろいろなものが収録されている。競走馬総合研究所のHPには、かつて雑誌「優駿」や中央競馬サークルだより「ぱどっく」に連載された興味深い記事がアーカイブされている。JRAHPの中にある日高・宮崎育成牧場、生産育成研究室のコーナーではブログで馬に関する知見や生産・育成馬の様子などが発信されている。知識が深まれば「馬を持つこと」が楽しくなるだろうし、生産牧場、育成牧場、調教師などの説明をより深く理解できるといった効果があるかもしれない。

 より主体的に取り組む意欲があるなら、購買や自己所有馬の分析にデータを活用することをおすすめしたい。馬主の皆さんは民間サイトのネットケイバを利用していることが多いようだが、日本軽種馬協会の運営するJBISサーチには種牡馬や生産者などのデータが豊富に収録されており、こちらもおすすめだ。有料サービスだがJRA-VANのデータラボと有名ソフトのTARGET Frontier JVを使うと、かなり詳細な検索ができる。私自身セリのお手伝いをするときにはネットケイバ・JBISサーチ・TARGETを駆使している。冷静で客観的な購買を志向する方々にはおすすめの方法だ。

 最初は科学の話から入って最後は「科学風味」くらいのところに着地してしまったが、馬主人生を楽しむための手段として、こういった方向性も意識していただければと思う。

新冠町で行われたナターシャ・ハミルトン博士の後援会

セリにおけるサラブレッド購買ガイド(日本中央競馬会発行)

これらはインターネットでも見ることが出来る

「海外のホースマンが見た日本」

 国際機関のIFHAが発表した、2025年のベスト・ホースレース・ランキングで、東京競馬場のジャパンCが、アスコット競馬場のチャンピオンSと横並びで、世界のG1競走で最も高いレースレートを獲得した。ジャパンCが世界のベストレースと認定されたのは、23年に次いで2度目のことである。主催者のJRAをはじめ、陰になり日向になりジャパンCをここまで育て上げてきた皆様におかれては、感慨ひとしおのことと思う。
 筆者のきわめて個人的な見解として、欧州に様々ある路線の中で最もコンペティティヴな10ハロン路線における、シーズンのクライマックスとなっているチャンピオンSは崇高な存在であり、ニューマーケットを舞台としていた時代から、その模様は正座をする思いで見つめてきた(チャンピオンSの舞台には、ニューマーケットこそが相応しいと、今でも思っている)。そのチャンピオンSと並び称されるだけでも、恐れ多いほどに誉れ高きことだが、レーティングという数的根拠によらずとも、昨今のジャパンCが世界において極めて高く評価されていることを、身に染みて知る機会が少なからずある。
 25年のジャパンCを制したのは、フランス調教馬のカランダガンだった。同馬を管理するフランソワ・アンリ・グラファール調教師が、12月の香港国際競走に出向いた時のことだ。欧州を代表する名手ライアン・ムーア騎手が、グラファール師に声を掛けた。「世界で今、勝つのがもっとも難しいレースは、ケンタッキーダービーとジャパンCです。そこを勝ったのだから、素晴らしい。おめでとうございます」と。20年以上にわたって欧州競馬シーンの最前線に立つ名手が、ジャパンCを「世界最難関」と位置付けているのだ。日本での騎乗経験も豊富な彼は、日本調教馬の質の高さを実感し、そんな彼らと日本調教馬のホームである東京で戦うジャパンCの厳しさ、難しさを、肌で感じているのだろう。ジャパンCに対する最大限の賛辞だと思う。
その25年のジャパンCを、筆者はニューマーケットのホテルの自室でテレビ観戦した。英国時間の午前6時40分に発走したレースは、ニック・ラックがホストを務めるレーシングUKで生中継され、ゲスト解説として、日本でも短期免許で騎乗経験のある元騎手で、現在は競馬記者として活躍するフランシス・ベリーがスタジオに呼ばれていた。
 ニューマーケットに滞在していたのは、折りから開催されていたタタソ-ルズ・ディセンバーセールに臨場するためだったが、セールが始まる時間になって会場に出向くと、あちこちで、見たばかりのジャパンC談義が展開されていた。大接戦を演じたカランダガンとマスカレードボールの強さを讃える声が、そこかしこから聞こえていたのだ。
 年によっては東京競馬場で生観戦することもあるが、近年は、ジャパンC当日はニューマーケットにいることの方が多い。21年もそうだった。レースが終わり、せり会場に行くと、英国でチャンピオントレーナーの座に就くこと6回という大御所ジョン・ゴスデン師が、スタッフに語り掛ける声が聞こえてきた。
「私は今朝、素晴らしい馬を目撃した」と。「コントレイルだよ。心ひかれるレースだったし、あの勝ち馬には感銘を受けた」と、ゴスデン師は続けた。日本人である筆者に向けて発した言葉ではない。心やすい間柄にある厩舎スタッフにかけた言葉だけに、ジャパンCとコントレイルに対する、伯楽の正味な心情が溢れていたと思う。ジャパンCに管理馬を送り込んだことは一度もないゴスデン師だが、日本馬と日本の競馬へのリスペクトを感じた瞬間だった。
 カランダガンが勝つまで、ジャパンCを勝った最後の外国馬と言われ続けていたアルカセットを管理したルーカ・クマーニ氏は、18年に調教師を引退。以降は、ニューマーケット近郊に所有するフィットックス・スタッドで、生産に従事している。25年のタタソールズ・オクトーバーセールでも、上場した父フランケル・母イネヴェラの牡馬が220ギニー(当時のレートで約4億8129万円)で、父ウートンバセット・母タイムトンネルの牡馬が190万ギニー(約4億1666万円)で、父ドゥバウィ・母レディバウソープの牡馬が130万ギニー(約2億8508万円)で購買されるなど、クマーニ氏は生産者としても大成功を収めている。
 そのクマーニ氏は、より質の高い種牡馬を探求する目的で、ここ2年ほど、アシュフォードスタッドで供用されているジャスティファイに交配すべく、所有する牝馬をケンタッキーに送り込んでいる。その彼は今、自分か持つ繁殖牝馬を日本に送り込むことを真剣に考えている。年明けに公開された、TDNのインターナショナルエディターを務めるエマ・ベリーがホストを務めるポッドキャストで、彼はこう語っている。
 「日本にいる種牡馬の水準は非常に高い。調教師として数多くの管理馬を日本へ送り出した私だが、生産者として牝馬を日本に送るべき時が来たと考えている」。
 1981年の第1回ジャパンCで、日本のエースたちが完膚なきまでに叩きのめされた光景を目の当たりにした者としては、日本の競馬や日本の馬産が、競馬発祥の地を基盤とするホースマンたちに、ここまでリスペクトされる日が来たことを、奇跡を目の当たりにする思いで見つめている。
 日本調教馬にとって、世界の主要競走のことごとくが、現実的な目標として視野に入る時代を迎えている。そんな中、日本馬がまだ手が届いていないのが、競馬発祥の地・英国における、12F路線のG1だ。2026年はそこを目指し、タイトルを手にする日本馬が現れることを期待したい。

カランダガンは欧州年度代表馬にしてジャパンカップに勝った

世界最高のレーティングを獲得した2023年ジャパンカップ(優勝馬イクイノックス)