札幌馬主協会

コラム

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馬主生活を楽しむための科学やデータ

 少し前の話になるが、新冠で行われた後援会を傍聴してきた。講師はオーストラリアにおける馬遺伝学の第一人者、ナターシャ・ハミルトン博士。なんらかの知見を得られればと思い行ってきた次第だ。

 現地にかなり早く着いてしまったところ、関係者の方々が講演前にハミルトン博士と話す機会を作ってくださった。そこで文系の筆者が考える血統というもののイメージと、学問としての遺伝学の間にどの程度の距離感があるかを確認させていただいたのだが……結論を先に言うと、距離感はかなりある(笑)。学者の方々は科学的に正しいと断定できることでないと完全には肯定できないし、一方で遺伝子の働きがすべて解明されているわけではない。さらに我々は、簡単に各馬の遺伝子・遺伝情報を把握できるわけでもない。

 ただそんな中からも、実用化された技術はある。皆さんにおなじみで実用化されているところでは、競走馬の距離適性や完成時期の早さに関係すると言われるミオスタチン(スピード遺伝子)が良い例だ。また今回の講演会では、胚死滅や精子の先体反応障害に関係している可能性がある遺伝子についての紹介があった。これらは完全に解明されて実用技術に繋がると、受胎率・出生率の向上などが期待できる。

 私は個人的に馬に関することならなんにでも興味があるというか、文系人間でありながら「科学」とか、そこまでいかなくても「データ」といったものに対するアレルギーは無い。ただ競馬界を見渡すと、理系的だったり、理屈っぽいアプローチだったりするものはあまり好まれないような気がする。と、言うよりもそういうものとは異なるベクトルの方が人気があるというか。

 札幌馬主協会の場合、馬主であり生産者という方も多いので場合分けしていかなければならないが、馬を扱う職業をしている方は自分の経験に対する自信があるだろうし、馬との距離感が近いぶん主観的な判断のほうがしっくりくるという面はあるだろう。

 しかし、札幌においても所有専門の馬主さん(という言い方も変だが)は多いわけだし、馬は趣味、本業は別業種という方のほうが一般的なはずだ。馬という動物について詳しくない、という方もおられるだろう。

 そういった皆さんにとって、馬に関する論文や発表、資料、誰でも利用できる形で提供されているデータといったものは、競馬をより深く楽しむためのツールになりうるのではないかと思う。

 正直、論文や学術会議での発表となると難解だったりテーマが専門的すぎたりする面もあるが、そこから派生した出版物やネットにアーカイブされた文書・資料等には平で馬主と馬の距離を縮めてくれるものがある。

 紙でいうと、この原稿を書きながら手元にあるものを探したら「飼養衛生管理基準ガイドブック馬編」(中央畜産会)、「競走馬・海外遠征の手引き」(競走馬診療所)、「セリにおける馬のコンフォメーションおよびレポジトリーの見方」(JRA日高育成牧場・宮崎育成牧場・馬事部生産育成対策室)といったものが見つかった。これら以外の冊子を含めおそらく馬主の皆さんに配布されたものもあるのではと思うが、実際にどの程度読まれているのだろうか。新規馬主の方などは、独自の相馬眼だけにこだわるのではなく、「セリにおける~」のような基本を押さえるとよいのではないかと思う。

 ウェブ上にも人知れずいろいろなものが収録されている。競走馬総合研究所のHPには、かつて雑誌「優駿」や中央競馬サークルだより「ぱどっく」に連載された興味深い記事がアーカイブされている。JRAHPの中にある日高・宮崎育成牧場、生産育成研究室のコーナーではブログで馬に関する知見や生産・育成馬の様子などが発信されている。知識が深まれば「馬を持つこと」が楽しくなるだろうし、生産牧場、育成牧場、調教師などの説明をより深く理解できるといった効果があるかもしれない。

 より主体的に取り組む意欲があるなら、購買や自己所有馬の分析にデータを活用することをおすすめしたい。馬主の皆さんは民間サイトのネットケイバを利用していることが多いようだが、日本軽種馬協会の運営するJBISサーチには種牡馬や生産者などのデータが豊富に収録されており、こちらもおすすめだ。有料サービスだがJRA-VANのデータラボと有名ソフトのTARGET Frontier JVを使うと、かなり詳細な検索ができる。私自身セリのお手伝いをするときにはネットケイバ・JBISサーチ・TARGETを駆使している。冷静で客観的な購買を志向する方々にはおすすめの方法だ。

 最初は科学の話から入って最後は「科学風味」くらいのところに着地してしまったが、馬主人生を楽しむための手段として、こういった方向性も意識していただければと思う。

新冠町で行われたナターシャ・ハミルトン博士の後援会

セリにおけるサラブレッド購買ガイド(日本中央競馬会発行)

これらはインターネットでも見ることが出来る

「海外のホースマンが見た日本」

 国際機関のIFHAが発表した、2025年のベスト・ホースレース・ランキングで、東京競馬場のジャパンCが、アスコット競馬場のチャンピオンSと横並びで、世界のG1競走で最も高いレースレートを獲得した。ジャパンCが世界のベストレースと認定されたのは、23年に次いで2度目のことである。主催者のJRAをはじめ、陰になり日向になりジャパンCをここまで育て上げてきた皆様におかれては、感慨ひとしおのことと思う。
 筆者のきわめて個人的な見解として、欧州に様々ある路線の中で最もコンペティティヴな10ハロン路線における、シーズンのクライマックスとなっているチャンピオンSは崇高な存在であり、ニューマーケットを舞台としていた時代から、その模様は正座をする思いで見つめてきた(チャンピオンSの舞台には、ニューマーケットこそが相応しいと、今でも思っている)。そのチャンピオンSと並び称されるだけでも、恐れ多いほどに誉れ高きことだが、レーティングという数的根拠によらずとも、昨今のジャパンCが世界において極めて高く評価されていることを、身に染みて知る機会が少なからずある。
 25年のジャパンCを制したのは、フランス調教馬のカランダガンだった。同馬を管理するフランソワ・アンリ・グラファール調教師が、12月の香港国際競走に出向いた時のことだ。欧州を代表する名手ライアン・ムーア騎手が、グラファール師に声を掛けた。「世界で今、勝つのがもっとも難しいレースは、ケンタッキーダービーとジャパンCです。そこを勝ったのだから、素晴らしい。おめでとうございます」と。20年以上にわたって欧州競馬シーンの最前線に立つ名手が、ジャパンCを「世界最難関」と位置付けているのだ。日本での騎乗経験も豊富な彼は、日本調教馬の質の高さを実感し、そんな彼らと日本調教馬のホームである東京で戦うジャパンCの厳しさ、難しさを、肌で感じているのだろう。ジャパンCに対する最大限の賛辞だと思う。
その25年のジャパンCを、筆者はニューマーケットのホテルの自室でテレビ観戦した。英国時間の午前6時40分に発走したレースは、ニック・ラックがホストを務めるレーシングUKで生中継され、ゲスト解説として、日本でも短期免許で騎乗経験のある元騎手で、現在は競馬記者として活躍するフランシス・ベリーがスタジオに呼ばれていた。
 ニューマーケットに滞在していたのは、折りから開催されていたタタソ-ルズ・ディセンバーセールに臨場するためだったが、セールが始まる時間になって会場に出向くと、あちこちで、見たばかりのジャパンC談義が展開されていた。大接戦を演じたカランダガンとマスカレードボールの強さを讃える声が、そこかしこから聞こえていたのだ。
 年によっては東京競馬場で生観戦することもあるが、近年は、ジャパンC当日はニューマーケットにいることの方が多い。21年もそうだった。レースが終わり、せり会場に行くと、英国でチャンピオントレーナーの座に就くこと6回という大御所ジョン・ゴスデン師が、スタッフに語り掛ける声が聞こえてきた。
「私は今朝、素晴らしい馬を目撃した」と。「コントレイルだよ。心ひかれるレースだったし、あの勝ち馬には感銘を受けた」と、ゴスデン師は続けた。日本人である筆者に向けて発した言葉ではない。心やすい間柄にある厩舎スタッフにかけた言葉だけに、ジャパンCとコントレイルに対する、伯楽の正味な心情が溢れていたと思う。ジャパンCに管理馬を送り込んだことは一度もないゴスデン師だが、日本馬と日本の競馬へのリスペクトを感じた瞬間だった。
 カランダガンが勝つまで、ジャパンCを勝った最後の外国馬と言われ続けていたアルカセットを管理したルーカ・クマーニ氏は、18年に調教師を引退。以降は、ニューマーケット近郊に所有するフィットックス・スタッドで、生産に従事している。25年のタタソールズ・オクトーバーセールでも、上場した父フランケル・母イネヴェラの牡馬が220ギニー(当時のレートで約4億8129万円)で、父ウートンバセット・母タイムトンネルの牡馬が190万ギニー(約4億1666万円)で、父ドゥバウィ・母レディバウソープの牡馬が130万ギニー(約2億8508万円)で購買されるなど、クマーニ氏は生産者としても大成功を収めている。
 そのクマーニ氏は、より質の高い種牡馬を探求する目的で、ここ2年ほど、アシュフォードスタッドで供用されているジャスティファイに交配すべく、所有する牝馬をケンタッキーに送り込んでいる。その彼は今、自分か持つ繁殖牝馬を日本に送り込むことを真剣に考えている。年明けに公開された、TDNのインターナショナルエディターを務めるエマ・ベリーがホストを務めるポッドキャストで、彼はこう語っている。
 「日本にいる種牡馬の水準は非常に高い。調教師として数多くの管理馬を日本へ送り出した私だが、生産者として牝馬を日本に送るべき時が来たと考えている」。
 1981年の第1回ジャパンCで、日本のエースたちが完膚なきまでに叩きのめされた光景を目の当たりにした者としては、日本の競馬や日本の馬産が、競馬発祥の地を基盤とするホースマンたちに、ここまでリスペクトされる日が来たことを、奇跡を目の当たりにする思いで見つめている。
 日本調教馬にとって、世界の主要競走のことごとくが、現実的な目標として視野に入る時代を迎えている。そんな中、日本馬がまだ手が届いていないのが、競馬発祥の地・英国における、12F路線のG1だ。2026年はそこを目指し、タイトルを手にする日本馬が現れることを期待したい。

カランダガンは欧州年度代表馬にしてジャパンカップに勝った

世界最高のレーティングを獲得した2023年ジャパンカップ(優勝馬イクイノックス)