「海外のホースマンが見た日本」
2026年03月07日
国際機関のIFHAが発表した、2025年のベスト・ホースレース・ランキングで、東京競馬場のジャパンCが、アスコット競馬場のチャンピオンSと横並びで、世界のG1競走で最も高いレースレートを獲得した。ジャパンCが世界のベストレースと認定されたのは、23年に次いで2度目のことである。主催者のJRAをはじめ、陰になり日向になりジャパンCをここまで育て上げてきた皆様におかれては、感慨ひとしおのことと思う。
筆者のきわめて個人的な見解として、欧州に様々ある路線の中で最もコンペティティヴな10ハロン路線における、シーズンのクライマックスとなっているチャンピオンSは崇高な存在であり、ニューマーケットを舞台としていた時代から、その模様は正座をする思いで見つめてきた(チャンピオンSの舞台には、ニューマーケットこそが相応しいと、今でも思っている)。そのチャンピオンSと並び称されるだけでも、恐れ多いほどに誉れ高きことだが、レーティングという数的根拠によらずとも、昨今のジャパンCが世界において極めて高く評価されていることを、身に染みて知る機会が少なからずある。
25年のジャパンCを制したのは、フランス調教馬のカランダガンだった。同馬を管理するフランソワ・アンリ・グラファール調教師が、12月の香港国際競走に出向いた時のことだ。欧州を代表する名手ライアン・ムーア騎手が、グラファール師に声を掛けた。「世界で今、勝つのがもっとも難しいレースは、ケンタッキーダービーとジャパンCです。そこを勝ったのだから、素晴らしい。おめでとうございます」と。20年以上にわたって欧州競馬シーンの最前線に立つ名手が、ジャパンCを「世界最難関」と位置付けているのだ。日本での騎乗経験も豊富な彼は、日本調教馬の質の高さを実感し、そんな彼らと日本調教馬のホームである東京で戦うジャパンCの厳しさ、難しさを、肌で感じているのだろう。ジャパンCに対する最大限の賛辞だと思う。
その25年のジャパンCを、筆者はニューマーケットのホテルの自室でテレビ観戦した。英国時間の午前6時40分に発走したレースは、ニック・ラックがホストを務めるレーシングUKで生中継され、ゲスト解説として、日本でも短期免許で騎乗経験のある元騎手で、現在は競馬記者として活躍するフランシス・ベリーがスタジオに呼ばれていた。
ニューマーケットに滞在していたのは、折りから開催されていたタタソ-ルズ・ディセンバーセールに臨場するためだったが、セールが始まる時間になって会場に出向くと、あちこちで、見たばかりのジャパンC談義が展開されていた。大接戦を演じたカランダガンとマスカレードボールの強さを讃える声が、そこかしこから聞こえていたのだ。
年によっては東京競馬場で生観戦することもあるが、近年は、ジャパンC当日はニューマーケットにいることの方が多い。21年もそうだった。レースが終わり、せり会場に行くと、英国でチャンピオントレーナーの座に就くこと6回という大御所ジョン・ゴスデン師が、スタッフに語り掛ける声が聞こえてきた。
「私は今朝、素晴らしい馬を目撃した」と。「コントレイルだよ。心ひかれるレースだったし、あの勝ち馬には感銘を受けた」と、ゴスデン師は続けた。日本人である筆者に向けて発した言葉ではない。心やすい間柄にある厩舎スタッフにかけた言葉だけに、ジャパンCとコントレイルに対する、伯楽の正味な心情が溢れていたと思う。ジャパンCに管理馬を送り込んだことは一度もないゴスデン師だが、日本馬と日本の競馬へのリスペクトを感じた瞬間だった。
カランダガンが勝つまで、ジャパンCを勝った最後の外国馬と言われ続けていたアルカセットを管理したルーカ・クマーニ氏は、18年に調教師を引退。以降は、ニューマーケット近郊に所有するフィットックス・スタッドで、生産に従事している。25年のタタソールズ・オクトーバーセールでも、上場した父フランケル・母イネヴェラの牡馬が220ギニー(当時のレートで約4億8129万円)で、父ウートンバセット・母タイムトンネルの牡馬が190万ギニー(約4億1666万円)で、父ドゥバウィ・母レディバウソープの牡馬が130万ギニー(約2億8508万円)で購買されるなど、クマーニ氏は生産者としても大成功を収めている。
そのクマーニ氏は、より質の高い種牡馬を探求する目的で、ここ2年ほど、アシュフォードスタッドで供用されているジャスティファイに交配すべく、所有する牝馬をケンタッキーに送り込んでいる。その彼は今、自分か持つ繁殖牝馬を日本に送り込むことを真剣に考えている。年明けに公開された、TDNのインターナショナルエディターを務めるエマ・ベリーがホストを務めるポッドキャストで、彼はこう語っている。
「日本にいる種牡馬の水準は非常に高い。調教師として数多くの管理馬を日本へ送り出した私だが、生産者として牝馬を日本に送るべき時が来たと考えている」。
1981年の第1回ジャパンCで、日本のエースたちが完膚なきまでに叩きのめされた光景を目の当たりにした者としては、日本の競馬や日本の馬産が、競馬発祥の地を基盤とするホースマンたちに、ここまでリスペクトされる日が来たことを、奇跡を目の当たりにする思いで見つめている。
日本調教馬にとって、世界の主要競走のことごとくが、現実的な目標として視野に入る時代を迎えている。そんな中、日本馬がまだ手が届いていないのが、競馬発祥の地・英国における、12F路線のG1だ。2026年はそこを目指し、タイトルを手にする日本馬が現れることを期待したい。














