札幌馬主協会

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門別・JBC2歳優駿から始まったブリーダーズカップ制覇への道のり

 フォーエバーヤングがブリーダーズカップ・クラシックを制覇し、大偉業を成し遂げました。サウジカップで香港最強馬ロマンチックウォリアーを差し返して勝った時も劇的勝利に感動しましたし、世界を股にかけての活躍は素晴らしいと感じます。

BCクラシックの優勝レイ

 その歴史的快挙の分岐点の一つだったのでは、と個人的に感じるのは、2戦目で出走したJBC2歳優駿です。
 11月3日の開催という時期や2歳ダート戦の番組との関係から、フォーエバーヤングが出走した2023年は申し込んだ全頭が1勝馬。結果的に15頭の申し込みに対してJRA所属馬に出走枠は5頭が用意されていたのですが、全馬横並びの抽選でした。
 3分の1の確率をかいくぐって出走枠を手にしたフォーエバーヤングはご存知の通りJBC2歳優駿を勝利。それにより12月の全日本2歳優駿への出走を確定的なものとしました。仮にJBCに出走できなくとも同時期に京都でもちの木賞(1勝クラス)が行われますが、賞金はダートグレード競走であるJBCの方が高く、全日本2歳優駿への出走にあたっては有利です。実際この年の全日本2歳優駿では、JRA2勝馬は抽選対象でした。

世界への扉となったJBC2歳優駿(写真提供/ホッカイドウ競馬)

 こうして無事、全日本2歳優駿への出走を果たしたフォーエバーヤングはレースを圧勝したことで、翌年に海外遠征という選択肢が生まれたのでした。
 もしもJBC2歳優駿に選ばれなかった場合、どんなプランBがあったのでしょうか。矢作芳人調教師はこう振り返ります。
 「当時はまだそこまで思い描いていたわけではありません。全日本2歳優駿を圧勝したあと、年明けに行った話し合いの場で、オーナーは『せっかくできたし、大井競馬場なら見に行ける』と、創設されたダート三冠への思いをお持ちでした。私も大井の人間ですし、オーナーがどうしてもとおっしゃるならそれも悪くないと思いましたが、馬のためを思って言ったのは『種牡馬価値を考えた場合、海外に行って成績を出すのと、大井で三冠を獲ることでは桁が1つ違ってきます』ということ。そこで、サウジだけ、あるいはサウジ・ドバイの結果を見て、ダメなら帰ってくればいい、ということで海外遠征が決まりました」
 こうしたローテーションの決まり方を知ると、JBC2歳優駿と全日本2歳優駿に出走して勝てたことは大きかったと感じます。強い馬は強運も持っている、と言いますが、フォーエバーヤングもそうだったのでしょう。
 BCクラシック制覇への過程として、2年連続でデルマー開催だったことも追い風となったのでは、と思います。

サウジCに向けての追切。

 たとえばその一つがレース当日の動き。1年目は競馬場内の馬房を出てから装鞍、レースへと向かう過程でフォーエバーヤングのスイッチが入るのが「少し遅い気がしました」と調教担当の荒木裕樹彦調教助手は感じていましたが、今回は然るべきタイミングでスイッチが入り、体がぎゅっと締まる感じがあったといいます。一度経験した場所、ということもあったのかもしれません。
 また、カイバについて担当の渋田康弘調教助手はこう振り返ります。
 「去年は切り草にずいぶん苦労しました。ヤングがさすがに『これはいらない』って言い出して、僕も『だよね』と答えるほど。食べやすいように糖蜜で練りこんだりしました。今年はうちの厩舎で使っている物を用意してもらえて、調整がしやすかったです」
 こちらも前年の経験を生かせました。
 ところで、渋田調教助手のフォーエバーヤングとの会話。なんだか微笑ましく感じませんか。芝を食べるのが大好きな同馬について「トレセンで歩いていると、『ねぇ、あれって芝じゃない?』ってヤングが言ってくるんだけど、『違う、色は似ているけどあれは芝じゃない』って誤魔化すんです。だって、芝だと気づいたら、ヤングは頭がいいから毎日そこで止まって食べちゃうから」というエピソードも。
 また、矢作厩舎が馬房の敷料をチップから木材をシェービングしたタイプの物に変えた時には、フォーエバーヤングとは別の担当馬が何度も寝転ぶ様子を「おー、もう1回寝転ぶんか。気持ちいいか」と微笑みながら見守っていました。
 彼特有の感性や馬との会話が私は好きで、聞くたびにほっこりします。母親のように優しく受け止めてくれるから、馬も安心して日々のトレーニングに臨めるのでは、とも感じます。
 2026年はサウジカップ連覇、そして昨年のリベンジを果たすべくドバイワールドカップへと転戦予定とのこと。世界で再び活躍する姿を楽しみにしています。

小さな競馬場のJBCと“うまてなし”

 2024年、佐賀競馬場で初めてJBCが開催されました。馬産地・九州で唯一生き残った地方競馬場は、1周1100㍍のコンパクトな空間。馬券発売を行うJRAのG1デーは多くの来場者はあるものの、現地でJBC級の大レースが行われるのは初めてでした。

九州地区唯一の競馬場でJBC競走が行われました

「うまてなし」のひとつが県内生産の日本酒バーでした

 そこで、事前に様々なイベントに合わせてシミュレーションを実施してきました。その一つはウマ娘イベント。アニメやゲームが人気で、地方競馬場でイベントを行うと限定ノベルティ目当てに徹夜組も続出する人気コンテンツです。

 佐賀競馬でもJBCの約1年前にウマ娘イベントがあった際、多くの来場者を見込んで九州新幹線・新鳥栖駅から初めてシャトルバスを運行。これまで友の会バスという名でJR久留米駅から1台の有料バスを走らせていましたが、県外から多くの来場が見込まれるJBCではより競馬場にも博多にも近い新鳥栖駅の方が利便性が上がります。そこで、ウマ娘イベント来場者へのサービスをしつつ、バスのシフトやロータリーの使い方などをシミュレーションすることができました。また、場内の売店・食堂では500円以上購入者にウマ娘オリジナルポストカードをプレゼント。店側は普段と異なる多くの来場者への対応を経験したのでした。

 このように万全の準備を行って迎えた当日。馬主席では佐賀ならではの“うまてなし”が行われました。馬主のみなさんが普段訪れるJRAの競馬場のような立派な設備はありませんが、少しでも快適に過ごしていただこうと、馬主エリア入り口では嬉野茶のおもてなしカウンターが登場。佐賀県名産の緑茶をその場で淹れたててでいただくことができました。また、「鍋島」などに代表される県内の地酒が飲めるバー、呼子町で有名ないかしゅうまいのせんべいや、ご当地菓子・ブラックモンブランなど小腹を満たせるお菓子も用意。温かくて心のこもったおもてなしを行いました。

「レディスクラシック」を逃げ切りタケシコールに応える横山騎手

惜敗を重ねてきた古豪が「スプリント」で初の戴冠

 日が傾きかけた頃、JBC佐賀の開幕戦として行われたJBCレディスクラシックはアンモシエラが勝利。約1カ月前に砂が補充され、普段よりも約2頭分、内を空けて走るレースが多く見られたのですが、同馬は先手を取って早めから後続との差を広げると、3~4コーナーは深いとされる内ラチ沿いに進路を取り、直線で再び走りやすい馬場の真ん中に横山武史騎手が誘導しました。

 その進路取りについて「ギャンブルだったんですけど、内外の差を使って後続を離せれればと考えました」と横山騎手。生産した桑田牧場代表の桑田美智代氏は「初めてのG1勝利で、信じられないくらい嬉しいです」と喜びました。

 JBCスプリントは直線の追い比べを制したタガノビューティがこちらもG1/Jpn1初制覇。追い込み脚質の同馬にとって、地方競馬場で行われるダートグレード競走はコース形態やレース展開が向かないことも多く、幾度となく苦汁を飲んできましたが、大舞台で雪辱を果たしました。

 メインレースとなるJBCクラシックはウィルソンテソーロが制覇。勝負所で先頭集団の5~6頭が密集する中、3コーナーで内を突いて一気に抜け出す脚は素晴らしく、先頭で迎えた直線は大歓声に包まれました。鞍上の気迫も伝わってくる騎乗で、川田将雅騎手は佐賀競馬場で生まれ育った、いわば地元のヒーロー。

「クラシック」はウィルソンテソーロの独走で幕を閉じた

生まれ故郷に錦を飾った川田騎手

 ウイニングランでは温かい拍手に包まれ、さぁ表彰式へという時。スタンドの熱気からほんの少し空間を隔てた検量室前で静かに、だけど嬉しそうに立っていたのは川田騎手の父・孝好調教師でした。佐賀の調教師で、当レースに管理馬の出走はありませんでしたが、息子の勇姿を見守っていたのでした。

「おめでとうございます」

シンプルなひと言をお伝えすると、目尻を下げて「ありがとうございます」と喜ぶ川田調教師の様子から、佐賀競馬初開催のJBCを盛り上げたい並々ならぬ思いが川田家にあったんだろうなと感じました。

 生産はリョーケンファーム株式会社。表彰式で馬主の了徳寺健二オーナーは「ウィルソンテソーロは北海道に作った牧場の第一期生で感慨ひとしおです」と話しました。

 ウィルソンテソーロの勝利により最大の盛り上がりを見せたJBC佐賀。JBCクラシックの売得金21億1239万9800円は佐賀競馬の1レース売り上げレコードでした。さらに、全国から1万2386名の入場者が詰めかけた1日の売得金55億9140万3800円も1日の売り上げレコード。九州の小さな競馬場が、大きな歴史の1ページを刻んだ一日となりました。

大恵陽子氏