門別・JBC2歳優駿から始まったブリーダーズカップ制覇への道のり
2026年01月06日
フォーエバーヤングがブリーダーズカップ・クラシックを制覇し、大偉業を成し遂げました。サウジカップで香港最強馬ロマンチックウォリアーを差し返して勝った時も劇的勝利に感動しましたし、世界を股にかけての活躍は素晴らしいと感じます。
その歴史的快挙の分岐点の一つだったのでは、と個人的に感じるのは、2戦目で出走したJBC2歳優駿です。
11月3日の開催という時期や2歳ダート戦の番組との関係から、フォーエバーヤングが出走した2023年は申し込んだ全頭が1勝馬。結果的に15頭の申し込みに対してJRA所属馬に出走枠は5頭が用意されていたのですが、全馬横並びの抽選でした。
3分の1の確率をかいくぐって出走枠を手にしたフォーエバーヤングはご存知の通りJBC2歳優駿を勝利。それにより12月の全日本2歳優駿への出走を確定的なものとしました。仮にJBCに出走できなくとも同時期に京都でもちの木賞(1勝クラス)が行われますが、賞金はダートグレード競走であるJBCの方が高く、全日本2歳優駿への出走にあたっては有利です。実際この年の全日本2歳優駿では、JRA2勝馬は抽選対象でした。
こうして無事、全日本2歳優駿への出走を果たしたフォーエバーヤングはレースを圧勝したことで、翌年に海外遠征という選択肢が生まれたのでした。
もしもJBC2歳優駿に選ばれなかった場合、どんなプランBがあったのでしょうか。矢作芳人調教師はこう振り返ります。
「当時はまだそこまで思い描いていたわけではありません。全日本2歳優駿を圧勝したあと、年明けに行った話し合いの場で、オーナーは『せっかくできたし、大井競馬場なら見に行ける』と、創設されたダート三冠への思いをお持ちでした。私も大井の人間ですし、オーナーがどうしてもとおっしゃるならそれも悪くないと思いましたが、馬のためを思って言ったのは『種牡馬価値を考えた場合、海外に行って成績を出すのと、大井で三冠を獲ることでは桁が1つ違ってきます』ということ。そこで、サウジだけ、あるいはサウジ・ドバイの結果を見て、ダメなら帰ってくればいい、ということで海外遠征が決まりました」
こうしたローテーションの決まり方を知ると、JBC2歳優駿と全日本2歳優駿に出走して勝てたことは大きかったと感じます。強い馬は強運も持っている、と言いますが、フォーエバーヤングもそうだったのでしょう。
BCクラシック制覇への過程として、2年連続でデルマー開催だったことも追い風となったのでは、と思います。
たとえばその一つがレース当日の動き。1年目は競馬場内の馬房を出てから装鞍、レースへと向かう過程でフォーエバーヤングのスイッチが入るのが「少し遅い気がしました」と調教担当の荒木裕樹彦調教助手は感じていましたが、今回は然るべきタイミングでスイッチが入り、体がぎゅっと締まる感じがあったといいます。一度経験した場所、ということもあったのかもしれません。
また、カイバについて担当の渋田康弘調教助手はこう振り返ります。
「去年は切り草にずいぶん苦労しました。ヤングがさすがに『これはいらない』って言い出して、僕も『だよね』と答えるほど。食べやすいように糖蜜で練りこんだりしました。今年はうちの厩舎で使っている物を用意してもらえて、調整がしやすかったです」
こちらも前年の経験を生かせました。
ところで、渋田調教助手のフォーエバーヤングとの会話。なんだか微笑ましく感じませんか。芝を食べるのが大好きな同馬について「トレセンで歩いていると、『ねぇ、あれって芝じゃない?』ってヤングが言ってくるんだけど、『違う、色は似ているけどあれは芝じゃない』って誤魔化すんです。だって、芝だと気づいたら、ヤングは頭がいいから毎日そこで止まって食べちゃうから」というエピソードも。
また、矢作厩舎が馬房の敷料をチップから木材をシェービングしたタイプの物に変えた時には、フォーエバーヤングとは別の担当馬が何度も寝転ぶ様子を「おー、もう1回寝転ぶんか。気持ちいいか」と微笑みながら見守っていました。
彼特有の感性や馬との会話が私は好きで、聞くたびにほっこりします。母親のように優しく受け止めてくれるから、馬も安心して日々のトレーニングに臨めるのでは、とも感じます。
2026年はサウジカップ連覇、そして昨年のリベンジを果たすべくドバイワールドカップへと転戦予定とのこと。世界で再び活躍する姿を楽しみにしています。
















